2016年11月03日

アルバイト 希望が全部叶う分

5 人へ
アルバイト情報を真剣に見始めたのは、10 月 16 日。あれから 2 週間以上見続けたことで、私にとって何が重要かがわかってきました。

まず、履歴書を受け付けない精神であることが、明確になりました。仮に、輝かしい過去,資格を持っていたとしても、言いたくありません。「履歴書不用」が絶対条件になりました。

次に、時給。1 か月働いたことを想定して、電卓で掛け算した時に、「わぁ!」と喜べる時給が必要でした。かと言って、時給が最初から高いのも、気持ちが圧迫されました。そうこう思っている内に、丁度いい時給を割り出せたのです。

最後に、交通です。いかに無理なく面接地・現地に行けるかが重要でした。「現地には何とか行けるが、面接地には体に違和感を覚えて行きにくい」、そういうアルバイトは排除しました。



以上 3 点に加え、好みの職種ーたとえるなら文化祭の手伝いーもわかったので、あっという間に私にぴったりのアルバイトが見つかりました。これは、「高齢者」,「活力が湧いてくる」,応募し緊張させた登録だけのもの,「隠れた教会」などより、働きやすいものでした。希望が全部叶う『アルバイト』を見つけられました。



ここで、5 人にお願いです。現時点では、アルバイトの方が、嵐 with ポポラマチニ より、すぐそこの未来にあります。5 人のがんばり次第で、順位が逆になるかもしれません。逆にしてほしいのです。

『ポポラマチニのいない活動』の何がマイナスで、どう補えばいいか、真剣にお考えください。「ポポラマチニがいなくても大丈夫!」をゴールと設定させていただきますね。
posted by ポポラマチニ at 13:19| 東京 ☀| 謎の手紙 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月12日

同じ年月の傷を持つ人

父や祖父母に立派な対応が出来るようになっても、苦しさを引き摺る心は残っていた。11 月 10 日、すっきり終われた。彼らが亡くなる日まで、最善の付き合いが出来る。


11 日、仲の良かった R から突然ひどい態度をとられた、中学一年生の時の事件の真相がわかった。R は自分が危険な男であることを自覚していたのだ。だから、私を寄せ付けないようにした。

事件前の悲しそうな目,それに不安を覚え、長い間合わせた私の目。事件中の俯き,見せない表情。事件後の泣き腫らした目。私が R を傷つけても、いじめ返しもせず、黙って耐えていた。教師に訊かれても、私のせいと言わず。

それでもなお、私への想いは止まらず、ずっと、愛していたのだ。ずっと私を見ていた R。ずっと私を守りたかった R。

R の歯痒さが、私には逆恨みやひどい憎しみに見えたのだろう。かつてビビヤンリーに書いた「二度と許せない」なんて、嘘だ。私も、ずっと、謝罪を待っていた。何か特別な事情があるに違いないと思っていた。人格が変わってしまった私は、苦しくて苦しくて苦しくて、たまらなかった。



出会いは 1998 年 4 月。事件は 1999 年 1 月。それからずっと、間接的に交流しているような絶縁しているような不思議な関係を続けた。今は 2016 年 11 月。出会って 18 年以上。

父や祖父母を知る内に思ったが、18 年もの長い間、互いが互いを忘れられなかったら、絶縁は無理だ。今もビビヤンリーの読者として、私を見ているのだろう。



R に大事に想われていたことがわかり、泣いたり止んだりを繰り返している。あの日から癒えることのなかった R と私の傷が、癒えますように。

R を理解出来て、本当に嬉しい。R にどうであれパートナーがいることも、嬉しい。私は、ずっとずっと、R の女神であり続けたい。
posted by ポポラマチニ at 16:37| 東京 ☀| 謎の手紙 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月20日

5 人へ

ありとあらゆる謎が解けた。5 人が力を出せない理由だけは、どうしてもわからない。私はそれがつらい。
posted by ポポラマチニ at 19:04| 東京 ☀| 謎の手紙 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月21日

ビビヤンリーで嘘を吐くことで、のくものがあった。当時は心苦しかったが、11 月 16 日、どの文にも自信を持てた。

21 日の明け方から 6 時 20 分くらいまでに、どうしてもわからなかったことがわかった。5 人に安心していただけるこの文も更新出来て、嬉しい。
posted by ポポラマチニ at 09:15| 東京 ☀| 謎の手紙 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月26日

お誕生日 2016 年 11 月 26 日分

智様へ
36 歳のお誕生日、おめでとうございます。

11 月 21 日から、「もう、考え事をしなくていいんだ」と安心してきました。闇を見始めたのは、2002 年秋だったはずです。その頃から今までの 14 年間、脳は休みなく働き続けてきたようです。

私を支えてくださって、ありがとうございました。

嵐にしやがれ 2016 年 11 月 5 日分で、あんぽ柿の取材をなさっていましたね。「何なされてるんですか?」。美しすぎて、「これが日本語?」と思った程でした。美しかったです。
posted by ポポラマチニ at 05:20| 東京 ☀| 謎の手紙 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月28日

お翔と私の歩み

11 月 27 日、VS嵐 2016 年 11 月 24 日分の録画整頓をした。北関東の栃木県・群馬県・茨城県の特集が組み込まれた回だ。
ノートから、お翔のお出掛けの記録を手早く探し出した。嵐にしやがれ 2015 年 11 月 28 日分,2016 年 7 月 9 日分,2016 年 6 月 4 日分。



VS嵐 放送時も、録画整頓時も、スパイお翔がかっこよくて「キャーキャー」と叫んだ。

疲れを取りたい時、以前なら死んだように眠っていたが、今はこうやって遊んでいる方が元気になれる。大昔にスパイだった私は、味方となるべき土地の人々からも誤解されていたようだ。今は、お翔がスパイであることを告白している。いい時代になったものだ。



28 日、ユメの中で、実際にはしないことだが、私はほぼ 1 人の海外旅行を敢行していた。美しい海に出合う。ふと気付くと、迷子になっていた。程なく、お翔が現れる。私は手を伸ばし、お翔は私を抱き締めた。



11 月 24 日、雪降る中、母はスーパーマーケット M 店へ、私はコンビニエンス ストア F 店へ、買物に行った。店先で傘を取り帰ろうとすると、本名の私を呼ぶ母がいる。「お淑やかな人…細い人…と思っていたら、ーちゃんだった!」と話してくれた。私は嬉しくて、笑いが止まらない。

店のガラスや鏡に映る自分を見ても、「えっ!?」と思う程淑やかな雰囲気を全身に見られるようになった 25 日。この自分を、お翔に見てもらえるのだ。これまでの自分の歩みに、ほくほくしてきた。
posted by ポポラマチニ at 14:02| 東京 ☀| 謎の手紙 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする